合宿キャンプ新たな体験談
12月25日から27日に北海道から九州までヤングケアラーの若者たちが滋賀県(京都宇治市)に集まって行われた「ヤングケアラー10代合宿キャンプ」の参加者から新たな体験談が送られてきました。本人のブログ掲載許可を得たので、さっそく紹介します。
【一日目】
朝早く起きて慣れない新幹線に乗り、初めて訪れる土地へ向かった。家族の体調や家庭の状況が大変な中で家を空けることに、正直なところ申し訳なさもあった。
それでも、この場所に行く意味がある気がして、思い切って参加を決めた。
目的地に着くと、参加者や引率者、スタッフの方々がたくさんいて、その人数に少し圧倒された。ネームプレートや自己紹介カードを書いた後は、びわ湖クルーズへ。あいにくの天気だったけれど、それも含めて良い思い出になった。ゲームをしたり、誕生日の参加者をみんなでお祝いしたりして、温かい空気の中で時間が流れていった。
湖の広さには本当に驚いた。後で地図を見て、移動したのはほんの一部だったと知り、「それでも広いと感じた自分の感覚」が印象に残った。合宿施設のアクトパル宇治に到着後、夜ごはんを食べ、それぞれが自由な時間を過ごした。星を見る人、ゲームをする人、歌う人、部屋でゆっくりする人。強制されない選択肢が用意されていることが、とても大切だと感じた。ケアを担っていると、「やらなければならないこと」に追われて、自分が何をしたいのか考える余裕を、気づかないうちに失ってしまうことがあるからだ。
私は映画鑑賞を選んだ。ヤングケアラーを題材にした作品「猫と私ともう1人のネコ」を観ているうちに、気づいたら涙が溢れていた。蓋をしていた感情が、静かに、でも確かにあふれ出してきた。映画として客観的に見ることで、「自分もよくやってきたのかもしれない」と、ほんの少し自分を認めてみようと思えた。
夜は同じ部屋になった参加者たちと、できる範囲でそれぞれの話をした。進路のこと、学校のこと、家のこと、他愛ない話。初対面だけれど、すでに絆が出来ていた。

【二日目】
朝は身体に優しい朝食から始まった。その後、グループに分かれてワークショップへ。ものづくり、映画制作、音楽、ゲームなどの選択肢があり、私は映画制作のグループを選んだ。ゲームを通して緊張をほぐし、それぞれの「好きなこと」のことなどを話したあと、少しずつケアの話へ。
最初は言葉が出てこなかったけれど、気づけばホワイトボードはいっぱいになっていた。「ここなら安心して話せる」そう思えた。仲間の体験を演じてみる時間もあった。ケアする側、される側、両方の気持ちを考える貴重な時間だった。
お昼は、外で焼きマシュマロ、ポップコーン、滋賀の名産の赤こんにゃく入りの豚汁を食べた。外はとっても寒かったけど、みんなでワイワイ話せて心が温まった。
午後はいよいよ映画作り。台本はほとんどなく、即興に近い形だったけれど、演技でありながら嘘ではない、不思議な感覚があった。短い時間でも、心から「良い作品ができた」と思えた。演技をするからこそ気づけることが沢山あった。
夜は他のワークショップのチームの発表も観た。音楽やアートに触れながら、明日で終わってしまうことが急に寂しくなった。そしていよいよ私たちの上映会。上演後の拍手と涙を見て、「ちゃんと届いた」と感じた。
上映後は、映画製作チームで振り返りをしたり、外に行って星を眺めた。

【三日目】
朝は、初日に見た映画について監督自身から話を聞く時間があった。なぜヤングケアラーを描こうと思ったのか、どんな思いが込められているのかを、制作者本人の言葉で聞けたことはとても貴重だった。
帰る準備をしながら、胸がぎゅっと締めつけられるような気持ちになった。最後はびわ湖を眺めながら食事をし、写真を撮ったり、メッセージを書いてもらったりした。短い時間だったけれど、間違いなく「青春」だった。
もちろんそれぞれが抱えている悩みは、すぐには解決できるほどの簡単なものでも、軽々しく大丈夫と言えるものでもない。
「ヤングケアラー=可哀想」と思われることもある。でも、私たちはごく普通の若者である。ケアが必要な家族と離れるからこそ、そう感じられた気がする。
もちろん、家族の事を放ったらかしにも出来ないし、愛する気持ちもある。だからこそ、似た境遇の人達や支援者の方と出会うことは、とても必要なものだったと感じた。
最後に写真スライドを見ながら、この三日間がどれほど大切な時間だったかを改めて感じた。別れがつらいと思えるほど、素敵な出会いだった。この合宿は、私にとって大きなファーストステップ。少し心が軽くなった。
関わってくださったすべての方に、心から感謝しています。

